*館長から一言*

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 ◇「笑い」について
   笑いといっても様々です。大笑い、高笑い、泣き笑い、忍び笑い、苦笑い、薄ら笑い、馬鹿笑いなど、
   これらの笑いには、笑う人のその状況に即した心模様を表しているように思われます。笑いの対象(
   ひとや動物、ものなど)になる思いや状況・状態はさておき、純粋におかしくてたまらない笑い、自
   己反省を伴った笑い、相手を馬鹿にしたり、蔑視したりする笑いなど、笑いの中にも質もあるように
   思われます。

  [上野末広亭]
   所用で東京に出かけた折り思わぬ時間が空いたので、上野にある寄席、末広亭に行ってみることにな
   りました。
寄席の客層は、やはり高齢の方が多く、ご夫婦や何やらの団体、稀に若い女性もいました。
   お客さんの服装も普段着のままと思えば、和装の女性、旅行者と、これまた様々です。

   この寄席の気楽なところは飲食が可能で、寄席でお弁当を買ったり、デパートの地下でお弁当を買っ
   て持ってきている方もいました。

   私は子どものころから落語が好きで、ラジオ番組で落語をよく聞いていたので、青年期でも、成人に
   なっても落語が好きでしたが、寄席に行くのは初めての体験です。

  [好みの落語]
   
みなさんご承知のとおり、落語は、上方落語と江戸落語がありますが、ことばの切れ味のよい江戸落
   語がどちらかといえば好きで、古典落語と新作落語では、どちらかといえば古典落語が好きです。で
   も、新作も100年、200年と経てば古典落語になるのでしょうから、あくまでも、噺の面白さや
   可笑しさが私の好きなところです。

   演目の種類では、「落とし噺」、「人情噺」、「芝居噺」、「怪談噺」とありますが、「落とし噺」
   が好きです。噺の構成は、マクラ(本題に入るための導入)、本題、落ちの順に噺が展開されますが、
   何といっても、本題で登場する人物の声の調子(表情)や「間」(ラジオでは、噺家の表情は見えま
   せんので)、「落ち」の面白さがとても好きでした。

  [一大決意]
   さて、寄席に向かう電車の中で、私は心ひそかに、「絶対に笑わない」と固く決意しました。なぜ、
   そのように決意したのか自分でも不明です。

   いよいよ開演になり、前座の人の噺は一生懸命ですが、会場内の笑いはまばらでした。
噺家が入れ替
   わり、真打が登場し出すと、私たちの席の前に座っていた40歳代くらいのご夫婦は、噺家が話す前
   から、笑いが込み上げてきているようで、グヒュッと笑う声が聞こえてきます。とりわけ男性は、堪
   えきれずに声に出して笑うのですが、でも、お腹に力を入れて耐えようとしているので、ブヒュッと
   かグヒュッとか声を出し、体も揺れていて耐えがたい様子です。

   噺家が話し出すともう大変です。その男性はお腹で抑えきれなくなった笑いを、喉で抑えて笑いを止
   めようとしてヒュー、ヒューと声が聞こえます。そのようになるともう止まりません。吹き出すよう
   に声を出し笑いの中にすっかり浸りきってしまっています。

   ところで、固い決意で臨んだ私はどうだったのかといえば、結論からいえば、撃沈されてしまいまし
   た。前の男性の影響もあったのでしょう、笑いをこらえた分だけ、可笑しさがより一層高まるのか、
   もう、お腹がよじれてしまうほど笑ってしまいました。

   寄席を出た後には、何ともいえない爽快感で満たされていました。帰りの道々では、寄席に来るまで
   は、落語になど全く関心を抱いておらず、まして、漫才などは「うるさくていやだ」と言っていた妻
   でさえ、いつかまた寄席に来たいと言っていました。そのように言う妻にとって、恐らく「笑い」の
   あの爽快さが、「来る機会があればもう一度、寄席に行きたい」と思わせたのでしょう。

  [日本の文化の一つ 話芸(落語)]

   テレビ番組に登場するような噺家さんの出演はありませんでしたが、満場の人を笑いに巻き込んでし
   まう収斂された芸を思い知らされ、「話芸」の一つの分野を担う人々の熟練した芸の素晴らしさと噺
   家としての真骨頂の一端に触れたような気がしました。

   一般の人々が、これはとても難しいとか、とてもできないと思うことをいとも簡単にやってしまった
   り、その反対に、なんだ、簡単なことじゃないかと思われることを実際にやってみると、簡単には出
   来ないということがわかったりすることで、その人の技や芸のすごさを理解できるのだと思います。

   コント55号の萩本欽一さんは、「人が一生懸命にやっているところにおかしさ(笑い)が生まれる」
   といいます。喜劇や、コント、漫才のおかしさや楽しさも好きですが、手ぬぐい、扇子、表情、声音、
   仕草だけで人を笑わせるには、笑いにいたる聞き手が噺の内容や場面、登場人物を想像しなければな
   らず、その想像へと引き込む噺家の芸の熟達度があるのだと思います。なぜなら、同じ噺でも、噺家
   によってちょっとずつ違いがあるのですが、聞き手を笑いに引き込んでしまうという点では同じだか
   らです。

   名人芸といわれる噺家の中には歴史に名を残す人もいます。その分、芸の奥深さがあるのだろうと思
   われます。ですが、歴史に名を残さずとも、庶民を笑いに引き込む話芸はとても素晴らしいと思いま
   す。「トリ」の出番を聞くまでの時間がなく、残念ながら途中で寄席をあとにしましたが、何かしら
   満たされた思いでした。

  [病は気から]
   人は様々なストレスにさらされているといって過言ではないでしょう。寄席を出た後の爽快さを思え
   ば、笑いを求めて寄席に来る人がいるということは自然なことです。

   「風邪をひいたといってくる患者さんにでんぷん粉を飲ませたら、多くの人が、風邪が治った」とい
   う話を耳にすることがあります。このことが事実かどうかはわかりませんが、「病は気から(ストレ
   スと健康)」というのはすべての病に当てはまりませんが、ストレスを解消する「笑いと健康、笑い
   と免疫力」などからの観点から、医療機関での臨床的な研究・実践がすでに始まっていることは皆さ
   んご承知のとおりです。

   最近では、吉本興業と近畿大学、オムロン、NTT西日本は、「笑い」の医学的検証と身体・メンタ
   ルヘルスに与える効果について共同研究を行うとの発表がありました(平成29年2月15日)。
   うつ病患者や健康な人のストレスのコントロールに活かす方法を探るそうです。できれば、笑うとい
   う欲求はどこにあるのか、「笑い」が爽快さを生むメカニズム、爽快さと健康等について「笑い」を
   脳科学の分野の面で知りたいとも思います(研究は既に始まっているのかもしれませんが…)。

  [笑う門には福来る]
   健康は人にとって大切なことの一つです。「良質な笑い」には、健康以外にも様々な効果があるよう
   に思います。ストレスを解消するばかりではなく、良好な人間関係づくりやその維持、心の豊かさや
   爽快感からの前向きな心の原動力などが挙げられます。

   「微笑み」を含め、「笑い」のある「家庭」や「職場」は、何かしらの「ゆとり」と「幸福感」が満
   ちているようにも思われます。人間の「幸せ」観は人によって様々でしょうが、「笑い」に焦点をあ
   て意図的に「笑い」を取り入れることも大切なのかもしれません。

   皆様は、いかがでしょうか。

   「微笑み」や「良質な笑い」に溢れた家庭には、伸び伸びと、健やかで賢く育つ子どもたちの姿が見
   えるような気がします。そこに家庭や家族の幸せがあるように思われてなりません。
   皆様にも、「笑う門には福来る」…。