○「梅は咲いたか、桜はまだかいな」
  お花見といえば「桜」です。「桜の花を愛(め)でる」ということはあっても、「桜の花の下で宴を催す」
 というのは日本人だけではないでしょうか。桜は私たちの心を浮き立たせ、さわやかさや晴れやかさ、あでや
 かさを感じさせてくれます。また、風に散る桜の花びらにはかなさと潔さを感じさせ、見る人の心に一層染み
 入るのかもしれません。「桜はまだかいな」と唄われるように、日本気象庁が基準木を決めて開花を発表した
 り、さくらの開花を予想した「桜前線」を発表したりして桜の満開を心待ちにするのは、やはり、日本人なら
 ではの文化のように思われます。

  「桜」は日本を代表し、象徴する樹木で「国花」です。ちょっと興ざめしてしまいますが、サクラはバラ目
 バラ科サクラ属に分類されます。種類は、ソメイヨシノ、ソメイ・染井(豊島区巣鴨。そこにあった植木屋が
 発祥とのことです。)、オオシマザクラ葉が柔らかく毛が少ないので、桜餅の葉にもちいられています
 八重ザクラ(品種600種以上)ですが、明治に入り、サクラは封建時代の象徴として各地で伐採されてしま
 い、多くの品種が絶滅したといわれています。

  「サクラ」の語源はとても多いのですが、古事記に登場する「木花咲耶姫」(コノハナサクヤヒメ)の「木
 花」がサクラといわれています。「サクヤ」の読みが変じて「サクラ」になったとのことです。

  ちなみに、花見(桜の下で宴を催す風習)が盛んになったのは、豊臣秀吉が「吉野の花見」、「醍醐の花見」
 を催してからで、当時は上流階級のものでした。庶民が花見をするようになったのは、江戸時代、8代将軍徳
 川吉宗の頃といわれており、「隅田川(向島)、上野公園、飛鳥山、小金井堤、御殿山」が花見どころとして
 にぎわいを見せたようです。

  桜は、パッと咲いて、パッと散ることから、「潔く散る」武士とその精神の象徴となりました。このことは、
 「花は桜木、人は武士」という言葉で表されています。「潔く」とか「清い」といった言葉の代表が桜である
 からなのか、警察章(旭日章:桜の代紋)や消防・自衛隊に用いられています。また、百円硬貨も桜花が用い
 られているのは皆様ご承知のとおりです。

  また、桜を題材にした歌も多く、AKB48「桜の木になろう」、コブクロ「桜」、いきものがかり「SA
 KURA」、福山雅治「桜坂」などが挙げられるようです(実は、よく知らないのです)。「夜桜お七」は好
 きな曲の一つです。ですが、何といっても日本古謡とされている「さくらさくら」が心に染み入ります(実際
 には、幕末、江戸の子供の箏の手ほどき曲です。作者不明)。「さくら、さくら、やよいの空は、見わたすか
 ぎり、かすみか雲か、匂いぞいずる、いざや、いざや、見にゆかん」と、小学校で学んだ曲が一番桜を表して
 いるような気がしてなりません。この曲は幕末の頃の作曲ですので、日本人の心の曲とはいえないのでしょう
 が、なぜか、私にはそのように心に響きます。

  酒飲みの私は、「今日もサケ、サケ、明日もサケ」という酒と「咲け」をかけた花は、やはり、桜のことか
 な、などと勝手に思い込んだりしています。

  さて、平成11年に美幌に設立された『桜の名所をつくる会』の皆様は、駐屯地、みどりの村、せせらぎ公
 園、みとみ公園など2800本(平成28年5月現在)を植樹してくださっています。数年前、せせらぎ公園
 を通って通勤していたことがありました。桜の時期は、桜の花の下を歩くことで、心が和みました。『桜の名
 所をつくる会』の皆様のご尽力の賜物です。とてもありがたいことだと思います(ほかにかかわりのある方が
 おられましたら、ご容赦いただければ幸いです)。


  美幌の桜の開花・満開は、5月10日から15日とのこと(平成29年4月12日付、気象庁)、楽しみな
 ことです。

                                   (文責 館長 長塚好和)

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*館長から一言*